穂積和夫 『着るか着られるか』

書くことがないので適当な本の読後感をダラダラと書きます。

穂積和夫はメンズファッションのイラストレーター…らしいです。長沢節の弟子なのかな。どうでもいいですが結構前に夢二美術館の長沢展を観に行って白いスキニーパンツカッケェなってなって(ラフ画だったので絵面はほぼ真っ白ですが)、ユニクロに買いに行きました。その2週間後くらいにたかぎ屋のつけ汁こぼしたので捨てました。

さておき本書について最も興味深いのは内容ではなく、ファッションイラストレーターという仕事が戦後間も無くで既に成立していることでしょう。アパレルデザイナーでもない、どこからどんな仕事が舞い込んでくるのかわかりませんが、とかくそういう人間が生活できるのが世の中の良いところですね。ダイバーシティというやつですね。ちなみにこの本は2016.7年くらいに復刻されたもので、それなりに人気があったのだろうと思われます。オリジナルは恐らく60年代に出版されており、ちょうどその時代に所謂現代日本らしさが表れ始めたのではないでしょうか。流行は一周まわって戻ってくると云いますが、その周回は60年代から始まったと考えるのが妥当でしょう。ビートルズモータウンも60年に登場します。そういうこと。

こういう話し言葉全開のエッセイって今まで全然読もうと思わず、敬遠の対象でした。どういう層に需要があるのか、さっぱりわからなかったのですが、いざ読んでみて、やっぱり理解できないですね。自分がふと思ったことを書いて本にする、アコギだ。作者がファッションイラストレーターの第一人者だから説得力があるように見えるという側面は決して払拭し、内容も一定の深いとこまでは絶対にたどり着けないと思います(ファッションの深いとこなんて誰が理解できてるのかって話なんですが…)。エッセイってそもそも商業に適しているのかも判然としないし、ただの独白だといわれればそういう気もするし、思ったんですがブログもツイッターも随筆だからエッセイの簡単Ver.ですね、きっと。なにはともあれ自分の意見で金が貰えたらそれはとっても素晴らしいことだ。俺も性癖かなんかを語って得たお金でコンビニスイーツを買い占めたい。意味わかんねぇ。安易に「わからない」って言葉使うのやめよう。